忙しいエンジニアのための デザイン思考を日々の開発業務に溶け込ませる実践ヒント
サービス開発において、ユーザー中心のアプローチを取り入れることの重要性は広く認識されています。デザイン思考はその強力なフレームワークの一つであり、共感、定義、アイデア創出、プロトタイピング、テストというプロセスを通じて、本質的なユーザー課題の発見と解決を目指します。
しかし、日々の開発スケジュールに追われるエンジニアにとって、デザイン思考を「特別な活動」として大掛かりに実践することは容易ではありません。ユーザーインタビューへの長時間参加、専門的なワークショップ、詳細なCJM(カスタマージャーニーマップ)作成などは、多くの時間を必要とし、日常の開発タスクとの両立が難しいと感じる方もいらっしゃるでしょう。
この記事では、このような状況を踏まえ、デザイン思考のプロセスを「特別なイベント」としてではなく、日々の開発業務の中に自然と溶け込ませるための実践的なヒントを提供します。大掛かりな変更は必要ありません。少しの意識改革や、既存の業務フローに組み込める小さな工夫が、ユーザー理解を深め、より価値あるサービス開発へと繋がります。
デザイン思考を「特別な活動」にしないための意識改革
デザイン思考の各フェーズは、必ずしも連続した厳密なプロセスとしてのみ存在するものではありません。それぞれの思考様式や手法は、日々の開発業務の様々な場面で応用可能です。大切なのは、「常にユーザーを中心に考える」というデザイン思考の根幹にある考え方を、日常的に意識することです。
例えば、新しい機能を開発する際、単に仕様通りに実装するだけでなく、「この機能はユーザーのどのような課題を解決するのか」「利用シーンはどのようなものか」といった問いを自分自身に投げかける習慣をつけることから始められます。
日々の開発業務にデザイン思考を溶け込ませる実践ヒント
具体的なヒントをいくつかご紹介します。これらは、既存の業務フローを大きく変えることなく、今日からでも実践できるような小さなステップです。
ヒント1: ユーザーへの共感を日常に取り入れる
- サポートへの問い合わせやユーザーの声を日常的に確認する: サポートチームへの問い合わせ内容や、SNSでのユーザーの声を定期的に確認する習慣をつけます。ここにはユーザーの「生の声」や潜在的な不満、期待が詰まっています。カンバンボードにユーザーの声の列を追加したり、毎日の朝会で共有したりするのも有効です。
- ユーザーインタビューやユーザーテストの断片に参加する: 全てのセッションに参加する時間がなくても、可能であれば一部だけでも参加したり、録画されたセッションのハイライトを確認したりします。短い時間でも、ユーザーが実際にサービスを利用している様子を見ることは、仕様書だけでは得られない多くの気づきを与えてくれます。
- Analyticsデータをユーザー行動の視点から解釈する: サービス上の数値データ(例: クリック率、離脱率)を、単なる数字としてではなく、「なぜユーザーはこの経路をたどるのか」「どこでユーザーは迷っているのか」といったユーザーの行動や心理を推測する手がかりとして捉えます。
ヒント2: 課題定義の解像度を高める習慣をつける
- 技術的な課題をユーザー課題と結びつける: パフォーマンス改善や技術的負債の解消といった課題に取り組む際、それが最終的にユーザー体験のどのような向上に繋がるのか、ユーザーのどのような不満を解消するのかを意識します。単なる技術的な最適化に終わらず、ユーザーへの提供価値を常に問い直します。
- 「Why」を繰り返し問いかける: 仕様を受け取った際に、単に「How(どう実装するか)」だけでなく、「Why(なぜこの機能が必要なのか、ユーザーはこれで何を達成したいのか)」を深く問いかけます。曖昧な点の解消や、より本質的な課題の発見に繋がることがあります。
ヒント3: 手軽なアイデア創出と検証サイクルを取り入れる
- 日常のMTGに簡単なブレストを取り入れる: 新機能の企画や課題解決について話し合う際に、会議の冒頭5分など短い時間で構わないので、批判をせずに自由なアイデアを出し合う時間(ブレインストーミングの要素)を取り入れます。エンジニアならではの技術的な視点からのアイデアは、実現可能性の高いユニークな解決策に繋がる可能性があります。
- コードを書く前にラフなモックで検証する: 機能の詳細を詰める前に、ワイヤーフレームや簡単な画面遷移図(プロトタイピングの要素)を作成し、チーム内で共有したり、可能であればユーザー部門や一部ユーザーに確認したりします。これにより、手戻りを減らし、早期にフィードバックを得ることができます。FigmaやMiroなどのツールをチームで共有して活用するのも良いでしょう。
- Feature ToggleやA/Bテストによる仮説検証: 新しいUIや機能の一部を限定されたユーザーグループにのみ公開するFeature Toggle(機能スイッチ)を活用したり、A/Bテストツールを用いたりすることで、実装した機能が実際にユーザー行動にどのような影響を与えるのかをデータに基づいて検証します。これはデザイン思考の「テスト」フェーズを開発プロセスに組み込む強力な方法です。
ヒント4: チーム全体でユーザー中心の視点を共有する
- ユーザーの声をチーム内で積極的に共有する: サポートへの問い合わせ内容や、ユーザーインタビューで得られた印象的な発言などを、朝会や週次のミーティングで共有する時間を設けます。ユーザーの存在を身近に感じることが、チーム全体のユーザー中心意識を高めます。
- 作成したペルソナやCJMを共有しやすい場所に掲示する: ペルソナやCJMが作成されたら、Confluenceなどの情報共有ツールに掲載するだけでなく、開発チームが見やすい物理的な場所(壁など)に掲示したり、バーチャルな働く環境であれば常時表示されるダッシュボードに組み込んだりします。常に目に入る場所に置くことで、チームメンバー全員がユーザー像を意識しやすくなります。
- デザイン思考関連の用語やフレームワークの共通理解を深める: チーム内でデザイン思考に関する簡単な勉強会を実施したり、基本的な用語集を作成・共有したりします。共通の言葉で話せるようになると、デザイナーやプロダクトマネージャーとの連携がスムーズになり、チーム全体でデザイン思考を実践しやすくなります。
導入事例と学び
あるWebサービス開発チームでは、日々の朝会で「今日のユーザーからの声」という短い時間を設け、サポート担当者から寄せられた問い合わせや感謝のメッセージなどを共有するようにしました。これにより、開発メンバーは自分たちが作っているものが実際にどのように使われ、どのような影響を与えているのかを具体的に知ることができ、ユーザーへの共感が深まりました。
また別のチームでは、新しい機能の技術設計を行う前に、簡単なモックアップと想定されるユーザーシナリオを数パターン作成し、エンジニア、デザイナー、プロダクトマネージャーで集まって「これは本当にユーザー課題を解決できるか」「もっと良い解決策はないか」を短時間で議論する習慣を導入しました。これにより、手戻りが減り、よりユーザー視点に立った設計が可能になりました。
これらの事例は、大掛かりなプロセス変更ではなく、既存の会議体や情報共有の仕組みの中に、デザイン思考のエッセンスを小さな習慣として組み込むことで、着実に成果が得られることを示しています。
まとめ
デザイン思考は、サービス開発においてユーザー中心のアプローチを強力に推進するフレームワークです。多忙な開発エンジニアにとって、その全てのプロセスを完璧に実践することは難しいかもしれません。しかし、デザイン思考の核となる「ユーザーへの共感」「課題の明確化」「多様なアイデア発想」「手軽なプロトタイピングと検証」といった要素を、日々の開発業務の中に小さな習慣や意識として取り入れることは十分に可能です。
本記事で紹介したヒントは、そのためのきっかけとなるものです。今日から一つでも良いので、ご自身の開発業務やチームのワークフローに取り入れてみることを推奨します。日々の小さな積み重ねが、ユーザーにとって真に価値のあるサービスを生み出す大きな力となるでしょう。